「強い」とは何か?藤井聡太四段の将棋から考える

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将棋における強さとは

将棋における強さとは

史上最年少棋士にして、29連勝という史上最多を記録した藤井聡太四段(関連記事)、愛棋家のみならず、大変な注目度である。

余波であろう、ガイドも地元テレビや新聞にこう尋ねられた。

「藤井四段の強さについて一言」

良い機会である。今回は将棋における「強い」とは何なのかを考えてみたい。

藤井は29連勝したから強いのか?仮に、である。仮に藤井が10連勝でストップしていたとしよう。だったら、彼は強くなかったのか。



 

「強い」とはどんなことを言うのだろう

ねずみの嫁入り-ガイド画

ねずみの嫁入り-ガイド画

『ねずみの嫁入り』という昔話をご存知だろうか?
ねずみの夫婦には自慢の娘がいた。この夫婦、娘をねずみとは結婚させたくない。なにせ、最高と自負する娘だ。お似合いなのは「天下一強い男だ。探そう」と話し合う。

まずはお天道(てんとう)さまのところに行くが、「いやいや、私は雲に隠される。雲のほうが強い」と辞退される。

雲の所に行けば、「いやいや私は風に吹き飛ばされる」と辞退。しかし、風は「いやいや私は壁に防がれる。壁ほど強いものはない」と言う。

壁で決まりだと頼めば「いやいや、私はねずみにかじられる。ねずみが一番強い」。

ほほえましい笑い話だ。 だが、笑いの中に真理がある。「強い」を決めるのは、かように難しいことなのだ。



 

実績からの強さ

チャンピオンは強い

チャンピオンは強い

もちろん、積み重ねた実績から「強い」は認定できる。相撲で言えば、横綱は強い。勝ち星を重ねた結果、たどり着いたポジションにあるからだ。同様にボクシングならばチャンピオンは強い。

もちろん我が将棋も同じだ。

歴史を紐解いてみよう。「十年不敗の名人」と称された木村義雄(1905年-1986年)。全冠を制覇した升田幸三(1918年-1991年)。通算1433勝(歴代1位)の大山康晴(1923年-1992年)。現代においては七つのタイトルを独占した羽生善治(過去記事)。彼らはその実績から強いと万人から認められる棋士だ。はっきり言おう。彼らの実績に比べれば、藤井の連勝記録も霞んでしまう。

だが……である。

実績から「強い」かどうかを判断するのは簡単だが、ベクトルが違う。 「とてつもなく強い」からすごい実績ができるわけで、その逆は本末転倒である



 

最後は品格の勝負

全冠制覇の升田幸三

全冠制覇の升田幸三

升田幸三(過去記事)はこう語っている。

「将棋は、技術が同じなら体力で勝負がつく。体力も同じなら精神力。なおも互角なら最後は品格の勝負になる」

最後の「品格」を升田がどのような意味合いで使ったのかは不明だ。いわゆる「上品」「下品」ではなく、おそらくは、風格、オーラのようなものではないかとガイドは推察しているがいかがであろう。いずれにせよ、相手に「この人にはとても勝てない」と嘆息させる何かの存在が「とてつもなく強い」か否かの分水嶺となる。彼らはとてつもなく強い。では、その分水嶺が垣間見える例をあげよう。



 

とてつもなく強い棋士の分水嶺

羽生はとてつもなく強い

羽生はとてつもなく強い

それまで世襲、あるいは推挙制だった名人位という権威を、実力で勝ち取った初の棋士が木村義雄である。

その木村と升田幸三はこんな会話を交わしたそうだ。

「名人なんてゴミのようなもんだ(升田)」

「じゃあ、名人がゴミなら君は何だ?(木村)]

「さあね。ゴミにたかるハエですか(升田)」

その升田は「新手一生」、常に新戦法を考案しようとした。だが、ともに苦労を乗り越えた弟弟子・大山康晴は否定するかのようにこう語る。

「平凡にまさる妙手なし」

羽生善治は、内弟子制度、いわゆる雑巾がけがの苦労があってこそ強くなれるという「常識」にこう言い放った。

「苦労したから将棋が強くなるとも思わない。将棋は将棋、苦労は苦労と切り離して考えています」

ご覧頂いたように、すべて、ある時代への迎合を否定する言動だ。つまりは時代という権威の分水嶺を越えている。だからこそ、オーラが生まれる。ゆえに相手は威圧される、そして、私たちはそれを楽しめる。

藤井の分水嶺

藤井聡太四段の素地

藤井聡太四段の素地

さて、ガイドが問われ続けている「藤井さんの強さについて」である。

藤井は研究方法として人工知能を採り入れているという。それによって、棋力を高めてきた。これは、まったく時代に沿うものである。多くの若手棋士が同様の研究を行っている。藤井もいわゆる現代っ子なのである。

だが、一方で彼には、こんなエピソードがある。小学生の頃、教室でこう発言したという。

「志村けんって誰? 歴史上の人物?」

テレビ番組で公表されたのだが、出演者たちの論調はこうであった。

「やっぱり将棋に没頭していたんですね、すごいですね」

すごいのは、そこではないとガイドは思う。

幼いながらも、藤井は迎合を良しとせぬものを持っていたのだ。志村けんは、いわゆる社会の常識である。時代の権威と言ってもいいだろう。それを知らぬと言い放てる力こそ、将来のオーラへとつながる素地である。藤井は「とてつもない」へ化ける要素を持っている、それも、しっかりと。

道場破りに臨めるか

相手の土俵

相手の土俵

とてつもなく「強い」者となるには必須の条件がある。ガイドはそう考えている。それは道場破りだ。自分の道場でのみ戦っていても、それは「強い」どまりであろう。ではプロの将棋界で道場破りができるか?

大正から昭和の初期は関西と関東で棋界が割れていたため、それも可能であったろう。だが、現代はそんな機会はない。しかし、こんな方法で擬似道場破りができる。

それは、敵の土俵、つまり相手得意の戦型で戦うことだ。

実際に、羽生はゾクゾクするような「相手十分の土俵」での戦いを好み、入り込む。

では、藤井にその素地はあるか?

ガイドはある一局に注目していた。

それは、2017年7月6日に行われた藤井聡太四段と中田功七段の戦いである。

藤井聡太四段VS中田功七段から

デビュー以来の連勝を続けてきた藤井。竜王戦の不祥事もあり、衰退も囁かれた将棋界。救世主としての熱い期待を感じていたであろう。負けられぬ戦いを強いられていた。だが、2017年7月2日、佐々木勇気五段に敗れる。記録という檻から解き放たれた藤井の次の対局こそ、ガイドにとっては連勝中よりも、興味深い戦いとなったのだ。

中田功(いさお)七段。中田は三間飛車戦法のエキスパートだ。そのニックネームから「コーヤン流」と名付けられるほどである。特に難敵の居飛車穴熊に対して、その攻略方法を確立し「中田功XP」なる命名まで受けている。

藤井は「中田功XP」という土俵に登れるのか、いや、登るのか? ここで、ご存じない方のために補足すると、将棋という競技は面白いもので、互いがある戦型を避けようと思えば、避けられるのだ。ガイドは固唾を飲んだ。

そして藤井は登った。開放感に浸るかのように、中田の土俵に登った。先輩、中田も受けて立つ。ずっと中田のうまさが目立つ将棋。しかし、最後は紙一重の差で藤井が勝利。いや、勝敗など、どうでもよい。両者の魂が眩しいほどに光る戦いだった

ガイドの答え

「藤井さんの強さについて一言」に答えたい。

藤井は強い。だが、まだ、「とてつもなく強い」ではない。しかし、これだけは言える。藤井は分水嶺を越え、道場破りに臨める素地を持っている。つまり、とてつもなく強くなる可能性を持った棋士である。

お読み頂き、ありがとうございました。



 

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追記

「敬称に関して」

文中における個人名の敬称について、ガイドは下記のように考えています。

(1)プロ棋士の方の活動は公的であると考え、敬称を略させていただきます。ただし、ガイドが棋士としての行為外の活動だと考えた場合には敬称をつけさせていただきます。

(2)アマ棋士の方には敬称をつけさせていただきます。

(3)その他の方々も職業的公人であると考えた場合は敬称を略させていただきます。

「文中の記述に関して」

(1)文中の記述は、すべて記事の初公開時を現時点としています。






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