「ジャニー社長が激怒して帰って」「ダメだったら辞めよう」、音楽Pが明かすSMAP「$10」発売までの攻防 – ジャニーズ研究会

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SMAP

こういうSMAP秘話がまだまだありそう!

 6月5日放送のラジオ番組『JAM THE WORLD』(J-WAVE)内のコーナー「LOHAS TALK」に、SMAPを手掛けていた音楽プロデューサー・野澤孝智氏がゲスト出演。1993年発売のシングル「$10」に隠された秘話を語り、SMAPファンの間で話題になっている。

 SMAPは1991年9月に「Can’t Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。後に“国民的アイドル”にまで上り詰めた彼らだが、デビュー曲はオリコン週間シングルランキングで初登場2位にとどまり、それまで「初登場1位」が当たり前だったジャニーズアイドルとしては異例。ちょうど各局の音楽番組が減少している時期だったこともあり、SMAPは積極的にバラエティに進出して活路を見出すなど、ジャニーズ事務所の中でも異端のグループとして知られていた。

 SMAPが所属していたレコード会社「ビクターエンタテインメント」に勤めていた野澤氏は、彼らを10年にわたって担当。今回の「LOHAS TALK」では、ナビゲーター・小黒一三から「SMAPの音楽をプロデュースする上で、最初に重要視したポイント」を聞かれると、「当時、ジャニーズ事務所の数々のヒットアーティストのみなさんの第1のコンセプトが『宇宙からカボチャの馬車に乗って、王子様が女の人を迎えに来る』っていうテーマなんですよね」と、SMAP誕生時の背景に言及。アイドルの王道イメージで売り出す方針だったそうだが、野澤氏がメンバーと初めて会った時の印象はというと、大半が高校生だったものの、最年少の香取慎吾はまだ13歳頃で、ポケットにミニカーを入れているような少年だったとか。

 野澤氏は「それで僕、パッと会った時に“この子たちジャニーズ事務所っぽくなくて、渋谷ですれ違うような男の子たちだな”って思ったんですよ」と当時を振り返り、「でも、この子たちをジャニーズ事務所の王子様にするのは、なんかちょっと無理があるのかもしれないな」と、率直な感想を告白。メンバーとの対面を機に「地下鉄のドアが開いて飛び出したら、ぶつかった女の子と目が合って恋に落ちる」といった“道端に落ちているようなテーマ”で楽曲を作ってみようと思いついたという。






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