赤井英和さん 救われた「がんばれよ」道頓堀で心にしみた – 産経ニュース

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 プロボクサーとしてデビューしたのも、病院で生死をさまよったのも、失意から立ち直ったのもミナミだった。元プロボクサーで俳優の赤井英和さん(58)は「ミナミは運命の場所」という。

 生まれ育ったのは同じ大阪でも阿倍野・天王寺界隈(かいわい)で、ミナミまでは電車で10分。地元に比べ、にぎわいも派手さもケタ外れで、大阪を代表する繁華街と思っていた。

 この街の一角に関西の格闘技の聖地、「エディオンアリーナ大阪」がある。「当時は府立体育会館というてました。プロボクサーとして戦った21戦中15試合近くはここ。デビューしたのもそう」。浪速高校時代、ボクシングのライトウエルター級でインターハイ優勝。典型的なファイターで、プロではスーパーライト級でデビューしKOの山を築いた。無敵だった。「浪速のロッキー」と呼ばれ、人気も絶頂。世界タイトル獲得も期待された。

 「府立体育会館のリングで戦っていると、少し劣勢になると『おい赤井!なんしてんねん』『がんばらんかい』と声がかかる。ミナミの試合は1万人の観客全部が知り合いみたいだった。声援からどれだけ勇気をもらったか。ボクシング時代の故郷で、かけがえのない場所です」と振り返る。

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 世界戦目前の試合でマットに沈み、搬送されたミナミの病院で生死の境をさまよった。一命は取り留めたが、プロとして再びリングに立つことはかなわなかった。「ボクシングに命を懸けていた。ボクシングがもうできない、と思ったら死んだ方がましだった」

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